小宮一哲(ノンフィクション)の経歴やプロフィールは?つけめんTETSUの評判も!

12/24クリスマスに放送の「ザ・ノンフィクション」は

「つけめんTETSU」創業者の小宮一哲さんです!

小宮一哲さんは、つけめんTETSUを都内を中心に

約30店舗展開にするまでに成長させた、

ラーメン業界でのその手腕はとても高く評価された人物。

ですが創業当初から順風満帆な成功だったわけではなく

当時は缶コーヒー1本すら買うのも躊躇するような

うそのような本当の話し状態だったんだとか。

ザ・ノンフィクションでは上海でそんな小宮一哲さんの

ラーメンにかける奮闘ぶりや格闘の日々を密着です!

今回は、小宮一哲さんのプロフィールや経歴について

そして、「つけめんTETSU」の評判なんかについても

いろいろとまとめてみたいと思います~

スポンサーリンク

 

 

小宮一哲の経歴やwikiプロフィールは?

小宮一哲さんってどんな方?・・・

  • 名前:小宮一哲
  • 1976年9月10日生まれ
  • 41歳
  • 東京生まれ
  • 生まれてすぐ父の転勤で香川県高松に住む。
  • 小学校に上がると同時に西東京市へ引っ越す。
  • 高校に進学するもたったの3日間で中退する。
  • その後、仮設資材関係のプレハブ会社に就職。
  • 一念発起で、単身オーストラリアに旅立つ。
  • 帰国後、短期大学に進学し、4年制大学に編入。
  • のちに、「ファーストリテーリング」に就職し、2年で退職。
  • 「セコム」に転職。
  • 28歳の時、千駄木にて「つけめん TETSU」をオープンし、独立開業となる。

 

小宮一哲の少年時代の夢とは?

少年時代の小宮家はお父様が大手鉄鋼会社に

勤めている典型的なサラリーマン家庭。

でも、父親はとっても厳格なタイプだったそう。

家族が車で外出するなんて時も、時間に遅れると

ふつうに置いていかれる状態。

 

小宮一哲さんが商売人として成功しただけに

ともするとご両親も商売をしていたり、

自営業なのかな?と思ったんですが、

意外にもお堅いサラリーマンだったんですね。

しかも大手鉄鋼会社という。

 

きっと一部上場の立派で有名な企業にお勤めだった

んでしょうね~

小宮家の家族は、両親と小宮さんと3歳離れた姉が

いるそうです。

 

小宮一哲の高校時代はたった3日の登校だった?

小宮さんが中学を選ぶ時の動機にラグビーをやりたい!

ってのがありました。

ところが、中学受験に失敗。

進学したはいいが、公立中学にはラグビー部が無いというオチ。

結果、体力をつけるために水泳部に入部。

小宮さんの外見は一見優しそうに見えますが、

昔やんちゃだったんだろうな~ってとこが

ちょっと垣間見えるんですね。

 

で、実際に中学時代はケンカがメッチャ強くて

中学でのケンカは負け知らず。

仲間とつるんでることが楽しかった時代ですね。

 

でも・・って言っちゃ失礼ですが

学力は優秀で学年では、常に10番以内をキープ!!

 

たまにいますよね?こういうなんでも出来ちゃう

ちょっと羨ましいタイプの人って。

 

やっぱ、独立して経営者として成功する人は

この頃から持って生まれたなにかが

きっとあるんでしょうね~

 

小宮一哲氏は、高校受験になると

慶応、早稲田を受験。

しかし、現実は厳しかったようで、それでも

偏差値60以上の某私立高校に合格する。

 

スポンサーリンク

 

小宮一哲が自分を見つめる為にオーストラリアへ飛ぶ!

学校を辞めちゃった小宮さんは、友人のツテで

仮設関連のプレハブ会社に就職。

 

仕事はけっこう楽で時間もあったため、

時間を持て余してはパチンコ通いだ。

この生活が約2年間つづく。

 

この頃、友人たちが大学進学したり

まじめに就職することを見て

改めて自分の立ち位置を知ることになる小宮氏。

 

毎日なんとなく、決まった時間に会社に行って、

決まった時間に仕事終わって、

ヒマあればパチンコに行って。

一見、ストレスもなさそうな生活でいいじゃん~

なんて思いそうなところですが、

小宮さんはここで疑問を感じるんですね。

 

この辺なのかな?起業して成功していく人と

そうでなく、平凡に日常が過ぎていく人の違いって

いうのかなぁ~。

平凡も幸せの選択肢ですからもちろんいいこと

なんだけれど、経営者で成功する人って

なんだか、人生がジェットコースターのような

方って多いですね。

 

そして、小宮さんは、日本人がいない街の

ロックハンプトンに住み、同時に英語力も高めます。

 

小宮一哲が起業を志した頃の想いとは?

そして、帰国後すぐに

大検を受けて、短大に入学し、卒業後に4年制大学に

編入します。

この辺の向上心は素晴らしいものがありますね。

この学生時代にアルバイトでPC販売を経験。

のちにこれがモノを売る楽しみに繋がっていく。

 

ただ、商売をするにも大きな投資は出来なかったので

ラーメン店を開業することを心に決める。

このとき、もし、失敗するなら30歳まで!と

決めていたんですね。

確かに若いうちはチャレンジもできるし

仮に失敗してもまだまだ、取り返しもつきますもんね。

 

小宮一哲とユニクロとセコム

小宮さんは、「一年目は食べさせてもらいますが、

二年目からは私が会社を食べさせるようになります。」

と言って、ユニクロのファーストリテイリングの面接で

放った言葉なんだとか。

 

なかなか、言えるセリフじゃないですよね?

だって、こんな大胆なことを言って入社すれば

当然会社からは、色んな意味での注目が集まりますから。

 

ただ、これを言って見事難関を突破して、ユニクロに入社して

収入は同期の中でナンバー1になった。

これは、凄すぎます!まさに小宮氏の有言実行ですね!

 

そして、ユニクロから2年間しっかりと学び

ユニクロを退社し、いよいよラーメン店開業準備に

入ったその矢先・・・

彼女の妊娠が発覚する。

 

このタイミングはなかなか強烈なものがありますね。

そして、一旦は起業の夢を諦めて、食べるために

セコムに就職します。

 

ところがところが、またもやここでも

小宮さんはトップセールスに上り詰める!

仕事が出来る人はやっぱ違うんですね~

 

で、結局自分の才能に改めて気づき

28歳でセコムを退職しラーメン店を開業します。

 

いやぁ、それにしても

ジェットコースター人生ですよね、小宮さん。

そして、つけめんTETSUへ向かうわけですが

どうだったんでしょうか?

 

小宮一哲がつけめんTETSU開業

ところが、開業当初はかなり困難の連続

だったようです。

いまでは信じられないですけれど・・

千駄木でオープンしたお店は、

最初の年商はたったの280万円で終わります。

あっという間に100万円の借金ができて

しまったという、その後のつけめんTETSUの

快進撃からは今となっては想像もできませんね。

 

しかし、成功者が必ず持っている

「あきらめない心」を小宮一哲氏はしっかりと

持っていたんですね。

その後、行列が出来るつけ麺店として

マスコミが騒ぎ始めて、行列が更に列を作る

現象に繋がっていきます。

 

つけめんTETSUの評判

今度は、ザ・ノンフィクションの密着で

小宮さんは上海でまた一旗上げようと

奮闘しているようなので、その姿が見れるのは

とっても楽しみにして番組を見たいと思います!

 

 

最後までお読み下さり

誠にありがとうございました(^。^)

 

スポンサーリンク

コメントを残す

メールアドレスが公開されることはありません。